1989年、最初のアメリカ旅行から10年目にしてインディアンを探しに冒険旅行に出た。
カルロスカスタネダ著の「ドンファンの教え」や北山耕平氏著「ネイティヴマインド」などの著書を読んでいた僕は僅かに稼いだ金をもってなんのガイドもインフォメーションももたずに、とにかくアメリカに渡った。
LAについてどうしていいかわからないまま、とにかくバスに乗ってアリゾナあたりにいけば
カスタネダがドンファンにあったようにインディアンにあえるだろうとグレイハウンドに乗った。
LAであまり健全でない思いをしていた僕はバスに乗っていたヘルズエンジェルスとペイガンズ(これも筋金入りのバイカーギャング)のメンバーと意気投合して心細くはなかった。
ヘルズのおじさんはサンバナディノですぐ降りてしまったが、ペイガンズのクリスはニュージャージーまで帰る途中という。初めて出来た旅の道づれのおかげで車中の一晩は退屈せずにバイクとロックの話で盛り上がった。
でもアリゾナ、フラッグスタッフについてバスがいってしまうとやっぱりひとり、あたりには誰もいなかった。寒くて雪ののこるサンフランシスコピーク(山)を見上げ気持ちよかった。けど誰もいない。
今でこそフラッグスタッフは観光化されバーが濫立し栄えているが、そのころはまるでゴーストタウンのように静かで古い商店の町だった。
ダウンタウンの場所を聞いて、バスステーションから潰れたモーテルの脇を歩いていく。やっぱり人なんかいないように見えた。
20分ほどでダウンタウンに入る。寂れた古い町並みがとても気に入った僕は町のユースに滞在してインディアンと遭遇する日を待つことにした。
今、フラッグスタッフにいっても観光客向けの店しかないが、当時は地元の普通の生活があって、町には小さな商店がたくさんあった。韓国人の経営するグローサリーがユースの前にあったから車がなくても生活ができた。
インディアンと遭遇するのを待つと言っても町で見るインディアンはアル中ばかりで話にならなかった。とはいえ、数人のナヴァホと知り合いになり、その中に後に兄弟になるバズがいた。