ある時インディアンの女性が言った。
『白人の社会では、女の人が女性の権利で大騒ぎしてるでしょ。
私達は違う。
私達は昔から平等だった。
何を選んで、どう生きようが、男も女も条件は一緒。
私達(インディアンの女性)は女としてのプライドをもっているから、
あんな(白人社会の女性)ふうに恥ずかしいことはできない。』
きつい一言だ。
確かにインディアンは母系社会。
どちらかと言えば女性の方が強めだ。
女はうまく出来ていて革もなめすし、服も作れば、家事もこなす、極め付けは子供を産む能力。
男は狩りに行って体力勝負、それをしないとただのオシベ。
ところが強くないと誰も相手にしてくれないからオシベにさえなれなくなる。
男は多くの他の動物と同じように実はあまりできることがない。
インディアンの離婚は男がつまみ出される。
侵略、統治して政治ができた世界では男が偉そうにするらしい。
ところが戦いの時代が終わって国ができ平和になると、仕事はデスクワークばかり、
力しごとの戦士の出るまくはなくなり、
優秀な女性企業戦士が出てきて差別をうける。
今の現代社会人はもう気付いてきてる。
女性はかなり有能な人間が多い。心も強い。
昔、インディアンの世界は仕事をしなくて良かった。
狩りも、家事も、彼等はそれを仕事と呼ばない。
認識の違いではない。
仕事のうちに入らない、日常の営みだからだ。
「シンプルな世界」でのことだ。
そのなかでは女性になる男も認められたし、戦士になる女性も認められたそうだ。
何をしても、その本人しようとすることはやるべきこと、
その人の理由がある。だからやりたいことは認められて尊重されたそうだ。
今でも強いマインドを持つ女性は多く、誇り高く生きている。
本当の平等を守っている。
前にふれたが、
ある儀式では生理中の女性はその儀式から離れていなければならない。
その理由は不浄のものだからととらえがちな我々側の文化とはことなり、
実は女性の大いなる力を尊重するからだ。
女性はいつも女性だが、とりわけ生理中などはその女性ゆえのパワーを発揮している時期だ。
命の輪をつなごうとするちからを発揮している女性は完璧な存在、
男に勝ち目はない。
男の祈りのちからは弱く、女性の前にはかすんでしまう
この祈り、ちからがぶつかるのを避けるため控えていただくという理由だ。
インディアンの女性は本当にヒトとして強い。