インディアンかネイティヴアメリカンか
どう呼ぶべきか? いつも議論の的だ。
どうでもいい。
近年、アメリカ合衆国民は先住民であるインディアンに敬意をはらい
インディアンという間違った呼び方を改め
ネイティヴアメリカンと呼ぶようになった。
でも何も変わっちゃいない。
呼ばれ方が変わっただけで、別に彼等の失いかけている文化を取り戻せたわけでもなく
失われたものが帰ってくるわけではない。
相変わらず土地は搾取され、差別を受け、
現代でも殺そうとする稚拙な奴がまだいる。
彼等は自分達をインディアンと呼ぶし
こだわる方がナンセンスという見解もある。
これについては何人かからいくつかの同じような意見を聞いている。
あるひとりはこういっていた。
『どう呼ばれようが気にならない
どうせ何も変わりはしない。それにおれたちが影響されることもない。
おれたちはただただヒトだ。ヒトはヒトである以上、ヒトのあいだで助け合い
多くの兄弟達と生きていく。
最初に呼んだようにインディアンと呼べばいい、
そう呼んで構わない。
おれたちはインディアンピープルで
ヒトなんだ。』
この「ヒト」は部族の名前がヒトを意味している。
ラコタならラコタ、ナヴァホならナヴァホ(ディネ)。
そして、「おれたち」の部分はマイピープル、アワピープルがあてはまる。
この英語での言葉遣いのニュアンスは彼等の思想を理解するのにとても重要だと思う。
くさい言い方だが、愛と祈りが込められている。本当だ。